July 16, 2005

IN DEPTHレビュー(寄稿●ゲンタ)

黒田倫弘アルバム「IN DEPTH」に寄せて---そして、空気を揺らして、歌が届く。

 2001年の1stアルバム以来、黒田倫弘のアルバムパッケージスリーブにはこの言葉が書かれている。以前、黒田自身が語った言葉の中に、「人が心を込めて歌うってすごいことなんだ、と、ボイストレーナーに言われたことがあって、それが支えだった。」というのがある。職業や人生に「なぜ」はつきもので、達人は「なぜに答えなんかない」という。黒田が音楽に向かい合う時のスタンスには、なぜかそんな哲学を感じるのだ。
 「キャンペーンにいってもイケメンだっていわれる」と口を尖らせる。そんな一方で、類をみない完成度を備えたビジュアルワークでその美しさを驚きに昇華させようとする。かと思えば、「トカゲの陽」に代表されるような魂の叫びを極上の音楽に造り上げる才能と術を手に入れていく。Icemanとしてデビューして来年で10年、ソロデビュー5周年の今年だ。毎年、毎年、驚くべきバイタリティーで音楽とその周辺の制作活動に邁進する。ベテランだが、ベテランには見れない不器用な疾走を感じさせるのは、黒田自身が、今もなお音楽に魅了されチャレンジし続けているからだ。
 そんな黒田の今作におけるチャレンジは、「ポップであること」だという。商業音楽とくくらないまでも、音楽でめしを食おうとする芸術家で、ポップな楽曲をうみだすことを否定する人間はいないだろう。5分弱のエンターテインメント、5分弱の癒し、5分弱の楽しさ、5分弱の魅了。人の心の線に触れることがポップの条件だとしたら、だれもがそれを造ることをのぞむだろうが、「ポップをめざす」と宣言するには相当な勇気が必要だ。
 「出したことを後悔するようなポップなやつが作りたい」と言ってアルバム制作に突入したのは、今年初頭。その言葉は、こんなチャラチャラしたもん出さなきゃよかった、と、こんなスゴイのもう作れないよ出さなきゃよかったのダブルミーニングだろう。幸い、というべきか、その時決定していたテレビアニメタイアップ曲「約束」が最初に生まれ、それが基軸となって、この「IN DEPTH」の10曲が、ゆっくりと産声をあげていった。各方面で、楽曲のクオリティーの高さを注目された「約束」が基本線になったのならば、どの曲もモンスターだ。
 オープニングナンバー「Sweet Surrender」はデジロック。5年ぶりの競演となるIcemanの伊藤賢一をギター&コーラスで迎え、ツインボーカルともとれるアプローチで、ダークなトランスナンバーに仕上げた。7.13に先行シングルとして発表された「サマーパニック・コネクション」は、老若男女、誰もが疑わない極上のポップチューン。「Thank you for the day」のメロディアスなミドルテンポポップは、「サマパニ」のアンサーソング的な役目を。「心鏡乱歌」は、黒田お得意の歌謡ロック。女性的なメロディーとことばの中に、黒田節ともいうべき芯のある骨太なメッセージを感じさせる。そして、ポルノグラフィティの新藤晴一が作詞提供した「la la」だ。「歌詞を誰かに書いてもらうとしたら天才にしか頼みたくない」という黒田の言葉には、自身の歌詞へのどん欲な姿勢がうかがえるが、果たして、新藤晴一はやはり天才だった。「じじいになっても歌えるヤツ。俺を泣かせてくれっていって歌詞書いてもらった」という殺し文句に見事にこたえた素晴らしいバラードになっている。「SWAY GAME」テンポ190bpmの最速デジロック。時速200キロでマシンガンをぶっぱなすようなサウンドアプローチにウィットのきいた歌詞が絶妙のバランスでポップを保つ。「In The Silence」エロティックでドラッギーなヤバイ歌詞は、黒田作品のひとつの目玉だが、そんな曲なのに、メロディーが強い。「誰かにとって特別なこと 歩道橋編」は、ハートにチクンと甘酸っぱい応援歌で、ザラッとしたサウンドの中に緻密に計算されたメロディー展開がすばらしい。「Lucky star boy」では、ベースプレイも披露しつつ、伊藤賢一とサウンドメーカーCH@PPYとの絶妙な3ピースバランスを手に入れている。アルバム最後の曲は「約束」だ。すったもんだのいろんなハプニング、事件を乗り越え一皮むけたすがすがしさで迎える大きなドラマのエンディングテーマのようにも聴こえる。
 楽曲バラエティーも歌詞の多彩さも、いままでのどのアルバム作品に劣ることなく、どの曲も完全にポップであることを意識して選択され、積み上げられたものだ。絶妙のバランス感覚、徹底したメロディーへのこだわり。その姿勢こそが、歌い続ける黒田倫弘の、音楽への関わり方、人生への関わり方ではないだろうか。
 「僕はメッセージシンガーじゃないから」そう言いながら、全存在を歌に乗せる。
 さぁ、空気を揺らして、ヤツの歌が届く。
(ゲンタ)